邦胤(くにたね)は主人で、わずか五、六万石を領したのに対して、家老の原は二十万石ほどの地を領知し、原の家老の高城は、陪臣の身で三、四十万石近い国を押領した。もしこれを邦胤一人が領知していれば滅亡はしなかったであろう。それが上下が入れ違った故に、千葉はむろんのこと、家老の原も高城も君臣ともに滅びてしまった。
※君臣立場が入れ替わって家が滅びる例として、家康自身が滅ぼした下総佐倉城主・千葉邦胤をあげた。
陪臣(ばいしん)=臣下の臣。またげらい。
天下が平和になるほど、武道を怠ってはいけない。軍法も悪く用いれば、手荒くなって人を害し、人をだまして陥れることにもなる。自分が偉ぶり、人の諫めを聞かなければ、ついには家の崩れる発端となる。
豊臣秀吉
「大坂城はたとえ日本国中の兵が攻め寄せても、摂津一国の士をもって立て籠もるなら、絶対に落とせない」
徳川家康
「ですがもし、太閤殿下が智勇をもってお攻めになるならば、いかがでしょうか」
豊臣秀吉
「われに大坂城を攻めさせたなら、安々と落とせるであろう。さればである、日本国中の人数を従えることができる勢いなら、いったんこれを激しく攻めて後、和睦をするのじゃ、そして総堀を埋めてしまえばよい。その後、大軍をもって攻めれば、落城は間違いない」
※この後、秀吉の言葉通りに家康は大坂城を攻め落としたのである。
民の苦しみ流す汗は、皆血の涙である。君子は一飯を食する時、民百姓の艱苦(かんく)を知れ。だから地頭、代官は民を虐げ、富を自分のものとして貪ることは、天が最も憎むところであって、絶対にしてはならない。職人は家、器物、舟から、橋を架け、武器も作ってくれる。これは工(たくみ)の業(わざ)であって、その恩恵は莫大である。商人は手に入らない品物を遠くから取り寄せ、またこちらにあるものを彼(か)のところに売って、欲しいものを手に入れてくれる。だから武家大将軍は農工商を慈しむことを忘れてはならない。
※艱苦(かんく)=悩み苦しむこと。つらく苦しいこと。
大将柱が腐って傾けば、家はだめになる。だから一番に大将の身持ちが大切である。次には四隅の家老柱の心持ちが肝要であるから、よく材木を吟味する必要がある。家老柱にする柱の木の性質が悪ければ、長持ちしない。四隅の柱の一本がなくなっても、その家は安泰ではない。