我、ここにて天下の勢を引き受け、百分の一にも対し難き人数をもって防ぎ戦い、目覚ましく討ち死にせん。
徳川の御家と盛衰安危をともにし、外に主を取らぬ筋目、寝ても覚めても忘れてはならぬ。また一度の不満に旧恩を忘れ、仮にも別心することは人の道ではない。
※子息、忠政への遺誡。
某(それがし)は才なき者でござれば、秀吉公と家康公の両君の恩恵を受けて、二君へ忠を尽くす術を知りませぬ。殊に三河譜代者にて、万事粗忽(そこつ)でござれば、秀吉公の御前に出仕するべき器量もござりませぬ。
※関白秀吉は元忠に官位を与えようとしたが、これを固辞してこう述べた。
大名たる我はあの鶴の身持ちと変わらぬ。我らが昼夜の心遣いを察せよ。汝ら家臣は鶴を羨まず、雀の楽しみを楽しめ。
※鶴は美しいが敵から狙われやすく、落ち着ける時がない。だが雀は無邪気でいられる。家臣たちは鶴を羨ましがらずに、雀であることを楽しめ。
滝川一益
道雪以来、我らにあっては、小人数でたびたび勝利を得た。これは兵の和による故である。その和の基本は常日頃、心を許し合って懇(ねんご)ろに交わっているからで、この信頼のもと、ただ一言の義であっても、身を捨てるのである。これは大将たる者が心得ておくべきことである。
※道雪(どうせつ)=養父の立花道雪のこと。懇ろ(ねんごろ)=心がこもっているさま。親身であるさま。