威勢がよく勇気ある者は、目を驚かすほどの働きをするが、それだけのことで、本当の武功を立てるのは律義な者である。
汝らは等しく予が股肱(ここう)、腹心なり。使うところはその器に従うのみである。
※家臣にはそれぞれ特徴があり、得手、不得手がある。将たる者はその家臣の器量に応じて用いてこそ、優れた力を発揮する。
股肱(ここう)=主君の手足となって働く、最も頼りになる家来や部下。腹心。
人におもねり機嫌を取る人間は、一時は抜群の勇気を奮うが、信用ならぬ。へつらって上の者に可愛がられ、高禄を得て、後ろ指をさされることぐらい、本人もよくわかっている。わかっていて自らを欺くのは、恥を顧みない者である。恥を顧みない者は主人を殺してでも、自分を利することをやる。偽りと欲とは品は変わっても、つきつめれば同じである。
近頃は大名家に武名を売り歩いて、仕官を願う者が増えているが、こうした者たちは肝心な忠義に乏しい。これを高禄で雇い入れ、大名家の飾りにするようだが、そういう大名家は前途が危うい。なぜかといえば、偽りが真実に勝ってしまうからである。
予はケチだから麦飯を食べるのではない。いまが戦国の時であって兵役の動かぬ年はない。 士卒は心身を休める暇がなく、衣食も不自由がちなのに、なぜ予一人が贅沢できよう。しかも身のまわりを倹約して、これを軍用費に回すためである。