人生の全体ばかりに気を取られて思い悩んではいけない。まだ自分の手元にくるかどうかわからない重荷の数と性質を、一目で読み取ろうとするな。むしろ問題が起こるたびに、「この仕事の手に負えない箇所はどこだろうか」と自問するのだ。この問いに正直に答えれば、自分でも赤面したくなるだろう!次に思い出すべきことは、過去も未来も自分を押しつぶすことはできない、自分を押しつぶせるのは現在だけだ、ということである。その現在ですら、もし適当に分割してそれぞれの大きさの範囲を決めた上で、これでも大きすぎないかと考えれば、取るに足らぬものとなる。
清らかで善き人の心には、堕落も冒涜も、その他一点の汚点も存在しない。自分の出番がくる直前にあわてて準備を始める俳優とは異なり、このような人の人生は、何時いかなる時に死が訪れようと大丈夫である。彼は尻込みもせず出しゃばりもしない。人生の奴隷でもなく、人間としての義務に無関心でもない。彼には罪に値するものも、はずかしめに値するものも、何一つない。
善き人の人生はいかにすばらしいか、試してみよ。――彼は天から与えられた身相応の分を喜んで守り、その中に満足しきって住む。行ないはすべて正しく、あらゆる人に親切である。毎日をあたかもこの世の最後の日のように生き、穏やかでまじめで、しかも運命に無関心でない。これこそ道徳的に完成した人間である。