天下が乱れても、輝元は差し出て軍事に関与してはならない。ただ自分の領国を固く守って失わない謀(はかりごと)をするがよい。なぜならば、輝元には天下を保つべき器量がない。もし身のほどをわきまえず、天下の争乱の謀に加わるか、自分の領土の外への野望を抱くなら、きっと所有している国を失い、その身も危うくなるであろう。
※毛利輝元に対してのこの危惧は後に本物となる。
いったん和睦しようと起請文をもって約盟したのに、血墨のいまだ乾かぬうちに、敵の災いに乗じて約束を破ることは、大将たる者の恥であって、すべきことではない。
喪にある時、これを攻撃しないと、兵書の司馬法にもあり、楚が陳を討とうとした時、陳の成公が死んだ。その子の哀公は幼かったので、楚王は兵をまとめ引き揚げた。仁義を知る者はかくなければならぬ。
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