およそ主君を諌める者の志、戦いで先駆けするよりも大いに勝る。
浅野長政
「太閤殿下の最近の御振る舞い、昔と変わられた。きっと古狐と入れ替わったと存ずる」
豊臣秀吉
「この予の心が狐の入れ替わりとは、わけを申せ。申し損じると首をはねるぞ」
浅野長政
「長政ごとき首を何十人はねましょうとも何のことがありましょう。そもそも無益な軍(いくさ)を起こし、朝鮮八道だけでなく、日本六十余州にあっても、父を討たれ、兄弟を失い、夫と離れ、子に先立たれて嘆き悲しむ者が満ち満ちております。兵糧の運送で国内は荒野となり、盗賊の横行は目に見えています。家康殿が国政を見られても、これをとどめることはできません。昔の殿下ならこれにお気づきになられたでしょう。ですが今、お気づきにならないとは、ただごとではございません。きっと古狐と入れ替わったからでしょう。世間の人の言葉に《人に危害を与えようとたくらむ亀は、必ず人に捕らえられる》と申すのはこのことです」
※長政は朝鮮出兵による国内の疲弊を憂い、主君秀吉に恐れることなく苦言を呈した。
上司と口論してはいけない。あなたの判断を穏やかに聞いてもらうように心がけよう。
法橋恵斎
「今や元就公の威光は日本だけでなく、中国までも輝き、万民は殷の湯王、周の武王の世に出会ったように喜んでおります」
毛利元就
「湯・武の世に、お前のように、こびへつらう家来はいなかった。ということは、この元就、湯・武王に遠く及ばぬということか」
《法橋恵斎(のりはしえさい) 湯王(とうおう)》
たとえ折檻を受けても、主人の過ちをただすのが臣たる者のつとめである。わが身をおそれて、自分さえよければ、他人はどうでもよいというのは卑怯である。自分の命は露ほども惜しくはない。それより主人が、世間の外聞を失うことが無念である。