弓矢の道に携わる者は、それぞれのことに義の道がなければ、武士としての法は立たない。主人に非ある時は我が身をかえりみず意見をすることが義である。己の根気が続く限り諌め、用いられねば、家を去ってもよい。戦場では潔い死を心掛けるのが義の頂上である。誰でも死を望む者はいないが、日頃、恩禄を受けていることは、ひたすら命に代わるものと観念し、あらかじめ無き身と考えることが義の本(もと)である。戦場にあって逃げるのは不義の至極(しごく)で武上の操ではない。盗賊の徒である。
人間は死を恐れるべきでない。こう言えるのは、私が死に何度も直面したからだ。その体験はまったく快いものだ。耳には美しい音楽が聞こえ、すべては甘美で静寂である。もがき苦しむことも恐怖もない。死に直面すれば、これほど容易でこれほど幸福な経験は生まれて初めてだ、ということがわかる。
エディー・リッケンバッカー
臆病者と剛の者との二つは、生まれつきとはいえども、まずはその身の心掛けによるのだ。男たらん者は明け暮れ心を師として、義理を忘れねば、不意の凶事であっても遅れをとることはない。大事なのは義理の二字である。死ぬべきに当たってその死をかえりみず、生きる道においてその命を全うし、主人に先立つ、これこそ武士の本意である。死ぬべき場にて生き延び、生きるところにて死ぬは、血気の勇者であって良いことではない。
生きて孤独なるものは不幸なり、死して孤独なるものは実に不幸なり。
如是閑語 / 長谷川如是閑
生きよ堕ちよ
堕落論 / 坂口安吾